数字に関する共感覚と強い暗算能力を持ち合わせてる人に聞いてみたいこと

id:komachimania:20080529:p1 でも紹介されていた数字に関する共感覚と強い暗算能力の共存。そういう能力のひとにぜひ聞いてみたいのは、問題が難しくなるにつれて見え方がどう変わっていくかってことです。また、記号を使わないとかけない数、たとえば分数とか根号√を含む数とかに関する大小比較とかもやっぱり早いのかどうか。記号は要らないけど面倒なべき乗とかもどうなんだろう。

あってもおかしくなさそうなこととしては、ある種の計算機が頭の中にうっかりできちゃってて、その計算機の動作と視認行為が不可分になってるという状況。だとするとその計算機にとっての問題の難しさが見え方で瞬時に分かるかどうかは非常に気になります。そもそもどういうのが難しくてどういうのが難しくないかというのが、計算の複雑さの理論と一致するのかというのも気になる。

それから、問題が解ける前と解けたあとで見え方が違うのかどうかも知りたい。その流れでは、たとえばカックロみたいな解き進めることで計算問題が具体化されていくパズルをやってる過程で見え方はどうかわるのかとか。

どうしても思い出すのは、共感覚サヴァンアスペルガーという非常にまれな人の書いた『ぼくには数字が風景に見える』。そこでは、著者がいろいろな脳科学者の招待に応じて実験につきあっているということが書かれていて興味深いのだけど、計算機科学者もぜひ参加するとよいと思った。それはそれとして、この本の訳者はあとがきで内容に対する感想として「たくらみがない」と言っているのに禿同。読むとなんともいえず不思議な気持ちになる。

ぼくには数字が風景に見える

ぼくには数字が風景に見える